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E. Snapshot
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スナップ・ショット No. 855-859


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859. 船橋大神宮と「更級日記」

前回と おなじ写真だが、もう少し 引いた ショット。

Kroto no hama 大神宮の前にしては、電柱、電力/通信ケーブルだらけで、なさけない。

後進国、そのもの。

第一、罰当たりだ。


今回は、そんなことではなく、この場所は 平安時代の「更級日記」の作者と 縁のあるところだ、という話。

この日記、源氏物語とかの「ものがたり」を 読みたくて 仕方がなかった 12才の 少女が、上総介だった 父の任期が 終わり、ちょうど 千年ほど前の 寛仁 4年(1020年)9月(旧暦)に 都に向けて 市原から 出発するところから 始まる。

上総の国から 下総の国に 入り、「その夜は、くろとの浜といふ所にとまる」とある。 この「くろと」という地名は、下総には ないので、むかしから いろんな 論考が ある。

プロ、アマを問わず、いろんな意見があるが、作者の そのあたりの 風景の描写、前日、翌日の 宿泊地、さらには 古語の解釈から 推測し、この 大神宮の 前あたり というのが 大方の 見方だ(くろ = 畦 = まわりより 小高いところ、と = 戸 = 港、で 「くろとの浜」は、背後が 小高くなっている 港の 浜辺、との解釈)。

当局が 不思議に おもうのは、何十人もの 一族郎党、大量の荷物 (宿泊施設まで 運ぶ)、家族は クルマで、という一行を 支える 資材調達等の 観点からの 論考が 一つもないことだ。

身一つで、一つの宿場から つぎの宿場を たどり、京都に 行けた、江戸時代ではない。

この観点からすると、宿泊地は どこでもいい というわけにはいかず、大人数が 安全に 泊まれるところ、かつ、食料ほかの 補給、クルマの 補修、馬の 休養に 便利なところが あれば、当然そこを 目指す。 港があり、当時は ごく 小さい 社だった ようだが、土地の人が 折々に 集まる 神社の前は、自然な 選択だったろう。

大神宮の前あたりが 浜辺だったのは、もともと 遠浅の海で、とくに、平安時代は、気候温暖化が 激しかった時期のため、海面が いまより かなり高かったせいだ。

現在は、ここから 「ららぽーと」を越えて、船橋市南端の 海に面した サッポロビール工場までは、3.6km もある。 うそみたいな 話だが、当時は 大神宮の 前から 南は ずっと 海だった。

Kroto no hama ひだりは、県博物館サイトから 拝借した 浮世絵。

絵師は 江戸後期の 二代 歌川広重。

この時代になっても、大神宮の 鳥居の先に 家屋が あるだけで、その先は 遠浅の 海だった ことが分かる。

千葉県立中央博物館 / 館蔵美術品紹介(絵画)/ 諸国名所百景 下総舟橋大神宮

いまでも、JR 船橋駅南の 千葉街道/国道14号の 標高は 2m しかない。
驚くほど 低いが、海近くの 街は そんなところが 多い(東京/有楽町駅前も 2m)。




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858. 船橋 大神宮

Funabasi dai-jinguu いい陽気に さそわれて 船橋の街を うろつく。 きのうの ショット。

船橋は、なんといっても 大神宮。

鳥居うしろに どうやって作ったのか 高さ 8m ほどもある 石柱が立っている。 一本ものでは なさそうだ。


Oohi stone Tougou Heihatirou 正面:「延喜式 意富比 大神宮」とある。

「意富比神社」「おおひ神社」。 これが 正式名という。 知らなかった。

側面:「海軍大将 東郷平八郎 書」ときた。


この 東郷元帥 どうかすると、北欧、東欧、中東、要するに、ロシアの脅威に 直面してきた 諸国では、わが国でよりも もっと 有名な気がする。

当局 社会人かけだしのころ、七十年代初頭から、仕事柄 スエーデン人と 仕事してきた。 新しく来る 人は皆、戦艦「三笠」は どこに 係留しているのか? とたずねるのが 常だった。 おかげで、その方面は 詳しくなった。

昨今、武器輸出が、議論されている。 ネガティブな 意見も 理解できる。 だが、日露戦争まえに もし、当時の イギリス政府が ビッカース社の「三笠」の 日本への輸出を 許可しなかったと 仮定して、その時 われわれの 三代前の 祖先には、どんな 手段が 残っていたか、その結末は、とかを 再検討してみたうえで、決定してもいいはずだ。




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857. とある 交差点

きょうは、あさから 雨。
下は、二週間ほどまえの、つくば 学園都市での ショット。

Tukuba Andersen 洞峰公園通り脇の いつもの店で 休憩。

大好きだった、どこまでも 高く伸びる 大通りの ユリノキ並木は、いまの時期は 素晴らしかった。 が、いまは、上を 切られてしまい、残念。

この先にある 気象研究所あたりでは、半分くらいは、若いユリノキに 植え替えられている。

写真の 交差点を わたると、足元に 地蔵さん。 まえは、なかったはず。

Tukuba Ojizou 通りに ぽつんと 一人でいる 地蔵さんは、胸を打つ。 新しければ、なおさら。

ここに 不幸があり、無念の思いを いだくひとが、いま生きている 他の人びとには、その不幸が 起こらないようにと 願っていることが、感じ取れるからだろう。


行政も おなじ思いで、このスペースを 許可したに ちがいない。



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856. こいのぼりの 季節

Koinobori 陽気が よくなってきた。

ミニこいのぼりの 出番だ。

ー ー ー

カワユイ!!




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855. 野生の 花

とくに 世話をしなくても、毎年 この時期になると 咲く花。

Turigane Suisen ツリガネ スイセン。

花後は 花も葉も 急速に 枯れて、夏になると 芝生のなかに 完全に 埋もれてしまう。 休眠期だそうだ。 で、その存在すら わすれてしまうが、春になると 毎年でてくる。

やたらに葉が 多いのは、半年分の 光合成を、3ヵ月ほどで、行うためにちがいない。


Ebine エビネ。

森林開発、野生種の 盗掘とかで、その数を 減らしている。

レッド・データをみると、エビネは 千葉、東京あたりでは 準絶滅危惧 (NT)、埼玉、長野などでは さらに厳しい 絶滅危惧 II 類 (VU) となっている。




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